デリダ脱構築と正義 (講談社学術文庫)

１９９８年に出版された書の文庫版である。筆者は「まえがき」で本書の特徴を次のように言う。「本書が素描する『脱構築』の思想は、……一種の『正義』論であり、『他者との関係としての正義』のモチーフを潜在的・顕在的に追及し、政治、倫理、宗教、歴史にも独自のアプローチを試みるものである」（５～６頁）デリダの「脱構築」は、倫理道徳などの規範全般を破壊して、さらにそれを正当化する思想だと理解されることが多いが（123頁）、筆者はそれを間違いであると説く。「脱構築的探究の最もふさわしいフィールドは法と正義のそれである、とデリダ自身が宣言した」（192頁）「デリダは当然、決定不可能なものの試練のなかで決定しなければならないと主張する」（221頁）たとえば「灰」という概念をデリダは提示しており、「ある時期からデリダのなかで『現前でも不在でもなく』『残ることなく残るあるもの』を名ざす言葉として」（276頁）「灰」という表現を使うようになった。「ラディカルな無神論」であるにもかかわらず、「神の記憶」があるではないかと筆者がデリダに水を向けたら「（神は死んだと言ったはずの）ニーチェもそうだったでしょう」とデリダ本人が答えた逸話は面白い（230頁）。レヴィナスから強い影響を受けるなど（138頁）、デリダの思想がユダヤ的であることは明白だが、筆者はそれを認めつつも、ユダヤ教からやや引離した理解をしたいようである（289～290頁）。略年譜、主要著作ダイジェスト、キーワード解説など、巻末の資料も充実していて、初心者でも読解できる内容になっている。軽佻浮薄なデリダ理解が多いなかで、本書はきわめて良質な概説本であり、フランス現代思想の必読書であると言ってよい。